その名はオカン2

会社のそばのギャラリーの前を通りかかってギョッとする。ぶちまけられた蛍光色、乱雑につり下げられた下着や靴、ばらまかれたガラスの破片。それらがどうやらオブジェとでも呼んでやらねばならぬ程度の塊となって、ギャラリーのウィンドウの向こうから、やーなオーラを発している。
良くいえば強烈な個性。悪くいえば美大の学祭(行ったことないけど)。第一印象の悪さは、時として忘れ得ぬ感動へ反転することがある、その、裏切られる快感に賭けることこそ美術鑑賞の醍醐味!ええいままよ!と中に足を踏み入れてみると、
『いらっしゃーい♪』
お、オカンだー!失敗したー!(爆)
想像してみてください。寂れた町の商店街。その一角で異彩を放つ、虎柄や花柄の、なんかうっすーい生地で出来たスパッツやら、これでもか!とビーズが縫い付けられたようなバッグを取り扱う洋品店。を、うっかり冷やかしていたら後ろにオカン店員が立っていたところを!
そう、その展示会の作家は、もうどこからみてもオカン。そのへんにいる、オカン。
そのオカンが、ただひとりしかいない観客の俺を帰す訳にはいかん!とくっついてきたのだ。
もう引き返せない。これは最後まで見るしかないのだろうか。
『こちらのボタンを押すんですのよ』
入り口のオブジェは、どうやら電話ボックスを模したものらしく、つり下げられたハイヒールに仕込まれたボタンを押すと、下着でできた扉がするするとつり上がって行く仕掛けだ。なんだかそれを待っていると、情けなくて泣けてくる。
中には、ピンクチラシを模したポラロイド。半裸で写っているモデルは・・・さ、さっきのオカンじゃないかあ〜
その地獄門をくぐると、中にはさらなるオカン煉獄が。大股開きをモチーフにした蛍光塗料の絵とか、便器を使ったオブジェとか、オノ・ヨーコ草間彌生を重ねたものを10世代くらい劣化コピーを重ね、センスはほぼゼロまで薄まったのにその反面、彼女達の押しの強さばかりが煮詰まった感じの純粋オカンアート世界に疲労した目を休ませようと視線を逸らすと、そこにはスマイリースマイルで俺を見つめるリアルオカンが!!!
このオカンアートには、孤高の精神がないのだな、と、そんなオカンの笑顔を受け流しながら俺は思った。多分こんなオカンにも、たくさんのお友達がいて、彼女の世界は受け入れられているんだろう。否、受け入れてくれる人たちこそが彼女の世界であって、その世界は文字どおり世界中に広がる可能性があると無邪気に信じるその図々しさ、彼女を受け入れない世界は、そもそも彼女の世界のカテゴリーに入らないから存在すらしていないのだと思い込める傲慢さこそが、オカンアートの正体なのだ。

理解できない、されないという、人間が持つ根源的な恐怖に、唯一立ち向かえるのが芸術というものであって、それが人間にだけ許された技術なんだよと、えー何か最近読んだ本に出てきたけど何だったか。