THE INCHWORM (John Coltrane)

玄関先の鉢に尺取虫がついていた。長さ10センチくらいのやつが、枝に擬態してすまして反り返っていて、ひとめではなかなか見分けもつかないのだが、真下の地面に糞がごろごろ落ちているので、そこに潜んでいる事はすぐに判ってしまう浅はかさだ。
ところで緑色のそいつを見るたびに思い浮かべるのは、子供のころの記憶で、テレビでみた、キツツキのような鳥類がその細いくちばしに収まりきれない大きな獲物を、上を向きながら少しづつ飲み込んでいくその首の痙攣のような動きであったり、ある種の肉食の蜂が獲物を捕らえた後、幼虫に与えるためにその鋭い顎で『肉団子にする』と書かれた昆虫図鑑を読んだときに感じた、昆虫のあの部分を“顎”と呼ぶと知ったときのおののきと、『肉団子』という言葉の美味そうな感じ、だったりするので、捕獲したその尺取虫を足で踏み潰すような蛮行は犯さず、鳥や蜂の目につくような、板塀の上に置いておいて、庭木に水をやりながら、捕獲の瞬間を見逃すまいと片目でちらちらやってるのだが、普段うるさいくらいに飛び回っている狩人たちが、今朝はやってくる気配は一向にない。
このまま放置しておいて、飢えと日差しで干からびてしまうのもなんとなく可哀想な気がして、手にとってみると、体の後部についている吸盤状の足を私の指先に貼りつけ、前部の体を持上げて直立するようなポーズをとって、さて次はどちらに向かおうかという風情で首を左右に振っている。指先に吸い付いてくる、ほのかに性的な快感と、その愛らしい仕草に気を許し、もう一方の手で鼻先をなでてやったら、緑色の汁を吐きやがったので、道路に放り投げたら、ちょうど歩いていた児童に踏まれて、緑色の染みになって道路が汚くなった。

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