水色のプラスチックの柄の付いた先ッぽが丸くなった子供用のハサミが床に落ちたので、電車に座っていた僕が眼を上げると向かいに座っていたおじさんがちょうどそのハサミを拾い上げるところだった。Tシャツに、あれはなんと言うのか七分丈でポッケのいっぱいついた作業ズボンといういでたちのおじさんは、ハサミを脇に置いたリュックの外ポケットにしまうと、それを自分の反対側の席に「よっこいしょ」って感じで移動すると、中からシャツと、やっぱりポッケのいっぱいついたチョッキを取り出し、首に巻いてあったタオルを頭に巻いてから、シャツとチョッキを着込んだ。それから頭に巻いたタオルをまた首に巻くと、リュックからバンダナを取り出してそれを頭に巻いた。それからもう一度リュックを元にあった方に「よっこいしょ」と移動すると、外ポケットからさっきのハサミを取り出し、つづいてリュックからコンビニで100円で売ってるビスケットを取り出して、凄く慎重に、ハサミで袋の口を、ほんのちょっと、端から10センチくらい切り込みを入れた。ハサミをしまってビスケットを食べるのかなと思って見ていると、こんどは輪ゴムを取り出して、今開けた袋を折り畳んで輪ゴムかけちゃうから、食べないなら袋開ける意味ないジャン!するとおじさん今度はラジオを取り出すと、眼をつぶって一瞬だけ耳を傾けてすぐしまって、輪ゴム外してビスケットの中身を取り出そうとしたら、切り口が小さくてビスケットがひっかかって出てこないので、しばらく指で広げたりしてやっと取り出すと、口にふくんで御満悦そうに眼をつぶって後ろの窓にアタマもたれ掛かからせてモグモグモグ。やおら眼を開いてもう一枚取り出して、もういちど眼をつぶってモグモグしたところで、僕の降りる駅に着いてしまったので、それ以上見ることができなかった。ちなみに上記全行程にかかった時間はおよそ5分くらい。おじさん、ちょっとマギー司郎に似ていたので、ひょっとしたらあのあと、凄いマジックでも披露してくれたのかなと、5分くらいは考えた。