卒業の夢

繰り返し悩まされる悪夢のタネ、を誰しもが持っていると思うが、私の場合それは『卒業できない』という観念である。

成績優秀・品行方正な諸氏には心当たりもないだろうが、私のように自堕落な学生時代を過ごしたものは、4年生になっても未だ履修していない初期課程のひとつやふたつは必ず抱えていたのであり、それは大概『基礎数学』とか『英語II』とか、退屈な上に、しかしその単位がなくては卒業ができないという厄介な授業で、しかもそういう授業というのは限って『水曜日の第一時限』とか『木曜の午後遅く』とか、他の授業が全くない日の最悪の時間帯に組まれていて、ただでさえ一年生に混じって受けねばならぬ屈辱に加えて、ますます学校に向かう足取りを重くするのである。

そんな思いが未だ心に小骨のように引っ掛かっているのであろう、今でも時折見る夢は、自分が『水曜の朝』や『木曜の午後遅く』に、その授業に出席するのをうっかり忘れていたことに気付くというシチュエーションであり、しかも悪いことにその日は期末考査の日で、文字どおり『学校に行かないと卒業ができない』という極限状況のなか、学校に急ぐという悪夢だ。

そんな夢を見た朝は、きまって『ああ、おれはもう卒業してるんだよなあ』と寝覚めと共に確認し、冷や汗を拭うのであるが、昨夜の夢はひと味ちがった。

夢の中で、私は自分が既に卒業し、社会人となっていることを知っている。
にも関わらず、私の机の上には、購入しただけでろくに開かれることのなかった教科書・参考書の類いが山積みになりホコリをかぶっている。
その山の前で私は、迫り来るテストを前に、一行たりとも理解できない教科書を眺めては溜息をつく。

私は既に学校は卒業した。

にも関わらず、私は何故、再びテストを受け、再び卒業をしなくてはいけないのか。そもそも、私は何時再び学校に通い、学ぶことを始めたのだろうか。

夢の中で生じた矛盾は、それが夢であるからという絶対的な解を得られぬまま、解かれぬ問いとしてぐるぐると回り続ける。

そしてその波紋は目覚めた私の中でもさざめき続けている。

私は一体何を課題として積み残しているのか。解かねばならない課題を、無意識のうちに放置しているのというのだろうか。

それはいつか唐突な期末考査のように、私の前にあらわれて手痛い仕返しをするのかも知れないと、まるで覚めない悪夢のように私の心を苛むのである。