『ラットマン』(道尾秀介)

ラットマン

ラットマン

4日読了。道尾秀介の面白さは、隠蔽された人間の内部が、ミステリのトリックと分かち難く結びつけられているその構成力にあって、特に初期作ではその暴かれる内面が、非常に今日的なテーマを含むが故に、高い評価を得たのではないかと思う。この点において道尾氏が、ミステリで人間が描けると自負するのは何ら間違いはないと思うがしかし、そこで提示される人間性がそのまま、読者の小説への評価へと結びつく傾向が強まる。コード的なミステリであれば、犯人の異常心理が『この人物に共感できない』と評されることは考えにくいが、人間を描いたミステリであるなら、『この人物の倫理観には共感できない』ことが、小説への評価に直結することがあるのではないか。近作で道尾氏は、ちょっと東野圭吾的な領域に足を踏み込んでいる気がする。今作に限れば、人物の“考えの足りなさ”みたいなモノが、リアリティに欠け、折角の構成力を無にしていると思う。