はてなダイアラー絵本百選

かさもっておむかえ(征矢清 さく 長新太 え)ISBN:4834005100

あめふり ざんざんぶり かさもって おむかえ
びしょぬれ ぼうず なけ なけ

おとうさんが死んでも、タクヤは泣かなかった。
タクヤが小学校にはいるくらいから、この3年間、おとうさんは入院や退院をくりかえしていて、おかあさんも働きに行ったり病院に行ったりしていたから、タクヤはひとりで家にいることになれっこになっていた。
だから、お葬式がおわって、たくさんの親戚の人たちや、近所のおばさんなんかがいなくなった夜、おかあさんがタクヤの前に正座して「これからは、ふたりでがんばっていくのよ」と言って、タクヤも男の子らしく「うん!」と元気に答えたその翌朝からは、もう以前と同じように、だれもいない家で、ひとりでご飯をつくったり、本を読んだりするいつもの日々が戻ってきた。
タクヤは本が好きだった。ちかごろは「冒険者たち」とか、何冊も揃いの「ドリトル先生」とかが大好きで、こんな長いしょうせつだって読めるんだと、タクヤはちょっといい気分だった。
でも、じつは、ちょっと子供むけの読みものや、むかし読んだ絵本も、しょっちゅうひっぱりだしては、なんどもなんどもながめていた。

その日の夕方、薄暗い部屋で電気もつけずに、タクヤはねそべって絵本を開いていた。くまや、ぞうが電車に乗ってる、へんな表紙の絵本だ。

おとうさんを迎えに、傘をもって駅に行ったおんなのこが、なかなかおとうさんが帰ってこないのでベンチにひとりで座っていると、オレンジ色の猫がやってきて、「おとうさんが、いつも ちかてつから のりかえる えきまで いったらどう?」とさそう。

「ええ、いくわ。つれてって」
まちくたびれた かおるは、きゅうに たのしくなって いいました。
ねこは、ちょうど かいさつぐちを はいろうとしている どこかの おじさんに ついて、すっと かいさつぐちを ぬけました。かおるも ねこに つづいて かいさつぐちを とおりぬけました。
かおるは、すぐに おとうさんに あえるような きがして とても たのしくなってきました。

タクヤは、まだ小学校に入るまえのことを思い出した。その夜、おかあさんは車で駅までおとうさんを迎えにいっていて、タクヤはひとりでおるすばんだった。
でもしばらくしたら、駅からおかあさんが電話をかけてきた。
「タクヤ?あのね、きょう、おとうさんがふんぱつしてくれるっていうから、小田急のレストランでばんごはんを食べよう。いまから、バスにのって、駅まででておいで」
「え、でもお金がないよ」
「だいじょうぶよ、しらないおじさんのうしろにくっついていけば、わかりゃしないわ」

だいじょうぶじゃないよなあ、とタクヤは思いかえす。あのときは、はじめてひとりでバスに乗るのだけで、もうどきどきしているのに、ズルが運転手さんにばれるんじゃないかってしんぱいでしんぱいで、ガラガラのバスの、いちばんうしろのシートにかくれるように座って、はやくつけ、はやくつけって思いながら、つり革がゆらゆらするのをながめていた。
だから、駅でおとうさんとおかあさんにあったときは、おもわずこうふんしてしまって、小田急の食堂で、これまたはじめて食べる釜飯をよそってもらいながら、大冒険のもようを、おお笑いしながらはなしたっけ。

でんしゃは すぐに やってきました。でんしゃが ほーむに はいってくると、かおるの かみのけは まいあがり、ねこは からだじゅうの けを さかだてました。
でんしゃは だんだん すぴーどを おとしました。かおるの めのまえを、あかい、でんしゃが、1りょう 2りょう 3りょう とおりすぎました。そして、4りょうめが のろのろと かおるの まえで とまりました。
「あら、これは みどりいろだわ」

この電車はみたことがあるな、とタクヤは思った。運転席のまわりが、まるでふくめんをかぶったみたいに、そこだけ赤くぬられていて、まるでどろぼうの顔みたいにみえる。
タクヤは絵本をおくと、いまでもそのままになっている、おとうさんの部屋に行った。おとうさんの大きな本棚の、いちばん上の棚には、ポケット写真ずかんシリーズという、青い、ちいさな本が、ギュっとつまっている。
「日本のきのこ」とか「能面」とかもあったけれど、タクヤが大好きなのは「日本の鉄道」というやつで、あんまりタクヤがそればかり見るものだから、ほかの本にはかぶさっている、ビニールの、シマになっているカバーが、その本だけとれてしまっていた。
タクヤはすぐに、その電車をみつけた。井の頭線だ。
ピンクや水色のふくめんをかぶった電車にのったら、きっと楽しいだろうな。それからタクヤはページをめくって、「パノラマカー」や「ロマンスカー」の写真をながめて、2階建て車両にのったり、パノラマシートにのったりできたらいいな、とおもった。

暗くなってから、おかあさんから電話がかかってきた。
「きょうはもう、おかあさん、疲れちゃったから、外でごはんたべよう。駅までバスででてきてくれる?」

むかいの ざせきに すわっているのは なんと、おおきな くまでした。
その よこに ながながと ねそべっているのは おおとかげでした。
あみだなの うえでは ちいさな さるが 2ひき、かたを よせあって ねむっていました。

    • -

「おどろくことないよ。みどりいろの でんしゃは どうぶつせんようしゃなんだ」と、ねこが いいました。

    • -

かおるは、かさを ぎゅっと にぎりしめて そわそわしていました。
おとうさんに ほんとうに あえるかどうか、しんぱいに なってきたのです。

バスは、あの日みたいにガラガラで、みどりいろの光が、ゆらゆらゆれるつり革を照らしているのを、タクヤは、いちばんうしろのシートに座ってながめていた。

僕はもうひとりでなんでもできるんだ。おかあさんがおそい日は、ご飯だってつくれるし、バスにだって、電車にだって、ひとりで乗れる。
おかあさんと約束したんだからな。これからは、ふたりでがんばるんだって。

バスは、駅に近づくにつれて、渋滞に巻き込まれて、のろのろ運転になってきた。
もう、はやく動けよ!おかあさんが心配するじゃないか!タクヤはイライラして、通路を走り出したくなる。
でも運転手さんも、ほかのお客さんも、だまって座ったままで、なんだかみんな、さっき読んだ絵本にでてきた、くまやぞうみたいに見えてくる。

ほんとうに、このバスは、駅につくのかな?
ほんとうに、おかあさんは待っているのかな?
ほんとうに、そこに

「おとうさん!」
かおるは、かさを さしだしながら いいました。
「かおる!ひとりで きたのかい。ええ?」
おとうさんは、かおるの ほっぺたの なみだを ゆびさきで つついて いいました。
すると、かおるの めから あたらしい なみだが、ふっく ふっくと あふれてきました。

「タクヤ、どうしたの、その顔!?」
いつもの改札口で待っていたおかあさんは、息を切らして人ごみを駈けてきたタクヤを見るなり、目を丸くしながら、そう言った。

あめふり ざんざんぶり かさもって おむかえ
びしょぬれ ぼうず なけ なけ
あめふり ざんざんぶり
どろっぷ なめて おむかえ

外は、いつのまにか雨が降っていて、食堂のおおきな窓に、雨粒がいくつも筋をつくっている。その向こう、目の下のホームに入ってきた明かりは、あれはきっとロマンスカーだ。釜飯を食べながら、タクヤはそう思った。

「おかあさん」
「なあに?」
「雨が降ってきたからさ、きょうはふんぱつして、タクシーで帰ろうよ!」