『アクアポリスQ』津原泰水

アクアポリスQ

アクアポリスQ

津原泰水を初めて読んだのは、去年の短編集『奇譚集』だった。
とにかく怖い小説だった。それはモチーフであるとかストーリーが恐い、という以前に、その行間に覗き込むことを躊躇するような闇があるような感じ、おだやかな海面を眺めていて、ふとそこが水深数千メートルはあると知らされたときに感じる、底知れない深さに対する恐怖だった。
http://d.hatena.ne.jp/beach_harapeko/20050426

『蘆屋家の崩壊』ISBN:4087744124、次々とやってくる魔物を、何事もなく受け入れてしまうユーモラスな語り口に感嘆し、『赤い竪琴』
ISBN:4087747328のものとは知れぬものが姿を現すかのような異様なバランスの中、純愛が語られるさまに涙し、そして読むこと苦痛で仕方がない『ペニス』ISBN:4575234117、生きることが苦痛で仕方がない主人公の苦しみに、津原泰水の恐怖のすみかをかいま見たような気がした。

『アクアポリスQ』はSFであり、かつ少年少女を主人公にしたライトノベルだ(津原泰水はまた、津原やすみでもあって、これまでライトノベルを数多く発表している。私はこれらは一切未読で、いつかは手に取ってみたいと思いながら果たせていない)。

近未来の日本のどこか、『Q市』。大水害で水没した街に代替して作られた人口の水上都市と、国を統治するメガロポリス、そしてその境界に繁殖する、九龍城を連想させる中国租界『Q龍』。
偶然、不思議なこども-陰謀の鍵を握る精霊-に出会ってしまった少年・タイチが、蘆屋道満の末裔にして直系を名乗る謎の女・Jに導かれ、都市の護符たるアクアポリスを壊滅せんとする陰謀に立ち向かう。
高度に管理された未来都市と、そこに導入される陰陽道や妖しのイメージの組み合わせに、とりたてて舞台装置として目新しさはないのだが、津原泰水の奇譚が他の作家のそれと根本的に異なるように、この設定も、ゲーム的な意匠としてのSFや怪談とは一線を画している。

とりたててテーマや、恐怖を喚起するテクニックとして怪談を用いているという気負いを、津原泰水の文章からは感じない。文章を書くと自然にそこに怪奇があらわれてしまったかのような、淡々とした描写。今作でも、都市が崩壊し、銃撃戦が展開し、怪物と格闘するスペクタクルな描写のあいまあいまに、とぼけたような怪談がひょうと挿入される。しかしその怪談の底に潜む孤独と絶望こそが、表層的な物語の奥底に潜航し続け、ついにはその思いだけが、都市を、物語をも救えるのだと示すラストに度肝を抜かれ、同時に、怪談という形をとって現れる、予定調和な物語と孤独に犯された心が夢見るビジョンとのあいまのゆがみの、破壊力をみせつけられて震撼させられる。

津原泰水を読む楽しみ、物語に隷属しない恐怖の感覚を、ここでも存分に味わうことができる。あるいはこの、現実と内面の齟齬の感覚は、かつて津原やすみが書いたライトノベルを手に取るような、若い心にこそ強く、その魅力を訴えかけるのかもしれない。