『誰のための綾織』(飛鳥部勝則)盗用により絶版・回収

http://www.asahi.com/national/update/1108/TKY200511080178.html

既報のとおり、読者からの指摘を受けた出版社が、上記のような措置をとったという。
たまさか『誰のための綾織』『鏡陥穽』と手にとっており、内容もさることながら氏の独壇場である【絵画】のモチーフ(自身でも描かれている)の悪趣味の加減が効果的で、もとよりアングラ・エログロ絵画には惹かれてしまう性向の私には、無視しがたい作家のひとりとなった。

『誰のための綾織』は登場人物が被害者を含めどうにもいけ好かない奴ばかりで、作中で繰り広げられる陰惨な暴力描写ともあいまって、全編不快感に満ちているのだが、それらがすべて胡散霧消してしまうある仕掛けに唖然としたとき、氏の仕掛ける不快感の意図的な浅さ、というと非難になってしまうので、計算された遊戯性としての不快感を感じた。

ちょっと会田誠に感じる、不快感と愉快感のバランスに近い。

『鏡陥穽』でそれは確信に変わり、これはピーター・ジャクソンがまだB級監督だったころの(いや、今だに本質は変わらないのかもしれないが)、なんだったかひどいスプラッタのような悪ふざけの楽しさを感じられる佳作だった。

というわけで盗用問題に関しても、比較的早い時期から目にしていたのだが、正直、公の問題になるのか微妙だなと思っていた。

というのも、ひとつには盗用された三原氏が故人であり、直接異議を申し立てる立場の人がいなさそうだったこと。もうひとつは作品は古典の域に入る過去の作品であり、実質版元が大きな収入を得ていないであろうこと。

例えば、『金田一少年の事件簿』の島田荘司盗用に関しては、当人からの異議申し立てがあったし、末次由紀の『スラムダンク』トレース問題は、講談社が集英社に対する落とし前の意味を込めて、末次氏の作家生命を絶つごときの措置に出たと思えなくもない*1

今回のように、実質的な被害者からの申し立てがなく、あるいは企業活動上、なんらかのトラブル回避を必要とはしない場合に、一般の人のネット上での異議申し立てに対して問われるのは盗用に対する企業倫理のみなわけで、原書房の対応はこの点、クレーム処理としては申し分のないものと思われる*2

だがこれをして『ネットが普及したおかげ』と手放しで褒めがたいのは、例えば【企業活動上、なんらかのトラブル回避を必要】とされるのが【盗用した側】であった場合、必ずしも申し分のない対応がなされないこともまた多いからだ。

最近ではNHKが放映した『ハルとナツ』の盗作疑惑などが思い当たる。当該の作品を未見なので断定は苦しいが、【大御所脚本家】橋田壽賀子と【無名のドキュメンタリー作家】岡村淳というバランスが、NHKという企業活動の中で【申し分のない対応】を決断させかねる一因となっているのは明らかだろう。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/

NHKがらみで言えば、山崎豊子大地の子』にも盗作疑惑があった。こちらは裁判の結果【小説で他者の著作物と共通する事実を素材として利用することは、ある程度許される】と、出版差し止めの請求は棄却されているという。
http://www.media-access.jp/mascomisaiban/mascomsaiban6.htm

小説とドキュメンタリー、という違いには留意するべきとは思うが、やはりここでは【ベストセラー作家】山崎豊子は、裁判に持ち込んででも守るべき、という出版社の大人の事情があるのでは、ということは指摘したい。

ネットが糾弾できるのは、企業活動において比較的【配慮に当たらない】弱い立場の作家に限られているのではないか。そうであるなら、ネットの力を過信し心酔することは、まるで弱者が互いに小さな違法を監視しあう隣組のような、嫌な体制の末端機関に加担することに他ならないのではないか。

いやいや、これは考えすぎだろう。原書房は、自らの責任において、出版社の倫理を貫いたのだ。

あるいはこの事件自体、『鏡陥穽』において、映りこんだ事物をすべて実体化し本体に合体させるという不気味な鏡を登場させ、模倣と複製の狂気に満ちた饗宴を描いた飛鳥部氏が、現実に映し出した自己像の(そして社会に蔓延する盗用と劣化コピーの)悪趣味なパロディなのかもしれない。

鏡陥穽
誰のための綾織 (ミステリー・リーグ)

*1:占星術殺人事件』は少年マガジンと同じもともとが講談社刊(現在は光文社文庫)。『金田一少年』の構成には講談社の社員たる編集者がかんでいると考えられるので、同じ社内不祥事ということで絶版にはいたらなかったと穿った見かたもできる。もちろん、売れている、という要素も無視できまい

*2:今回のケースは、『すばる 8月号』での篠原一氏の事例に近いが、こちらも火元はネットでの指摘であり、集英社はお詫び告知をするという措置をとった。当然、単行本等への収録は見送られるだろう