ニッポニアニッポン(阿部和重)ISBN:4104180025
鳥類絶滅種つながり。悪口いいながらもまた阿部和重読んじゃうわけだが、彼の書く短絡的で偏狭で粗暴な人間の描写は結構いけてんじゃないかとは思ってて、今回もトキ襲撃を計画する主人公が、武器を購入したり体を鍛えたり、予行演習を繰り返し、計画を具体化するに従って自己正当化を強めていく過程は説得力があって読ませはして(日本映画学校でのシナリオ修行の成果!)、そういえば『シンセミア』でもビデオ盗撮グループの嫌な中年不良っぷりが一番印象に残った訳で、しかしそれだけに今回も『シンセミア』同様、その登場人物が最後には放置に近い状態で投げ出されてしまうのはやはり解せない。
救いのない奴は救われないのだという筋書きの話ではなくて、登場人物が物語の中で、ネガティブであれポジティブであれ自己に下した評価が、変わる機会を与えられぬまま強引に物語が閉じてしまうその手法が気に入らないのだ。
例えば『シンセミア』では、決闘の機会が与えられぬまま、敵対する両者がおのおの勝手に死んでしまう。これはミステリ愛読者から言えば、当然なされるべきサービスの放棄であり、登場人物に対しては、人生の落とし前をつけきるという責任を取り得ていない、二重の欠点と言えるものだ。
『ニッポニアニッポン』で、同様にただ単に閉じられる物語を前に主人公が呟く台詞が示唆的だ。
『運命とは、全く無意味なものだ』
違う。作家が神である架空の物語において、いわんや自らが書く物語のなかで、登場人物の運命が無意味であるなどと言うことは、物語自体が無意味であると宣言するに等しいではないか。
その中でいくら『トキ・天皇・金山という貴のトライアングル』などと書こうが、それは読者ではなく、文壇や批評家に向けた目配せ以上の意味を持たないと思う。
阿部和重くん。一度、講談社ノベルズから書き下ろしミステリでも出してみてはいかがだろうか。そして、通勤の行き帰りに電車で本を読む、ベストセラーを図書館で借りる、本を買うならブックオフな人たちに向かって語ってみたらどうだろう。
アブストラクトなゆーわくじゃありませんこと?