『ドカベン〜プロ野球編』FA大予想

昨年の秋頃、その週いつものように『週刊少年チャンピオン』を購入する。現実の日本シリーズが巨人の4連勝で終了してしまったため、山田太郎も例のごとき大活躍をすることができず、しらけた空気のまま、これもまた恒例になっている【明訓OB合同自主トレ】に突入する。
さてこの時期の『ドカベン』はネタ切れのシーズンで、過去には【里中⇔殿馬トレード話】とか(うやむやのうちに消滅)、新キャラ登場とか(半年くらいで消滅)、『あぶさん』で培った豊富な野球以外の小ネタが今年も登場かと思っていたら、どーんと見開きで

【そして山田世代の選手達は来オフFA権を獲得!】

といきなりの大ネタ炸裂で仰天してしまった。

その後、このFAネタは水島新司先生の条件闘争の様相を呈してくる(笑)
言うまでもなく『キャラクタービジネス』は利権商売である。最初は酔狂なパ・リーグの応援漫画にすぎなかった『あぶさん』に始まった水島プロ野球漫画も、今やゲーム、グッズ、球団CM等メディアを横断した立派なビジネスモデルに成長した。特に人気・経営母体ともにジリ貧のパ・リーグにとって、水島漫画は球団肖像権をいただく相手でありながら、そのキャラクターの人気に頼らざるを得ないパートナーと化しているのである。
その弱り目のパ・リーグ各球団に対して、こともあろうに水島先生は、キャラクターのFA移籍をちらつかせたわけだ。しかも山田太郎の移籍先の候補として選ばれたのは、今やセ・リーグのお荷物球団、横浜ベイスターズ。なんという狡猾な(笑)。

(『ドカベン』のエピソードで、試合に敗れた山下監督が『ああ、ウチには4番とキャッチャーがいない』と言う回を読んだときには涙が出たものだ)

そんな横浜球団から、正式に断りの連絡でもあったのだろうか(笑)夏過ぎくらいになると山田世代たちの視線は、急に大リーグに向き始める。あるいは、松井の活躍に刺激(嫉妬)されたのかもしれないが『ダグラスさん』とかいう外人スカウトが『サト〜ル』と里中のストーカーを始めるのが妙に可笑しかった。あんな虚弱体質の故障持ちの変則投手がスカウトの目にかなうなら、高津ならリリーフエースじゃないのか!?がんばれ高津。
そうこうしている間に、両リーグコミッショナーよりさらに偉い『日本プロ野球総裁』なる人物が現れた(もちろんそんな人物は実在しない)。『総裁』は、この山田世代の大リーグへの大量流出を憂慮し、両リーグコミッショナーと共にある【改革】を進めるのだそうである。その【改革】とは一体何か?そして山田たちの来シーズンの去就は如何に?

・・・というのが先週までの大体のあらすじ。ここ一ヶ月くらい、毎回『ドカベン』のあとには、スポーツ新聞の号外ふうな一ページが割かれ、FA権取得選手達の動向が報道(?)されており、私のようなオールドファンには、水原勇気編が始まる直前の『野球狂の詩』の、スカウトレポートを模した告知連載が思い出されて懐かしくもあるのだが、なにせマンネリのこの連載において、FA権という千載一遇の大ネタ(今後は引退か球団身売りくらいしかありえない)でなんとか最大限盛り上げようという編集さんの苦労がしのばれて味わい深い。

そんな編集さんの努力を知ってか知らずか、しかし水島先生は絶対に山田たちを大リーグに行かせるようなことはないと思う。

まず第一に、大リーグに支払う肖像使用料が莫大な金額になるであろうということ。
パ・リーグのように大リーグ機構が水島キャラをグッズ化することもないだろうから、純然たるノベルティを秋田書店ならびに水島プロが支払うとはとても思えない。
また、水島先生は外国人が嫌いで、常日頃からFA選手の流出を批判している。それもあってか水島漫画には外国人選手がひとりも出てこないくらいであるから、大リーグを舞台にした漫画など先生が描くはずがないのだ。
(例外的に水島漫画に登場する実在の外国人は日本ハムのヒルマン監督くらいである。これは日ハムのスタッフが来日したてのヒルマン監督に、日本の野球をよく知るためにと『ドカベン〜プロ野球編』を読ませたというエピソードが、先生のお気に召したからだと思われる)

であれば、『総裁』の言う【改革】とは、多少のニュアンスの違いはあっても【鎖国政策】になるであろうことは充分予想できる。時代に則していないとの批判には『日本の子供達のために、日本野球の質を落としてはならない』とかいう詭弁が弄されることだろう。

では、選手達の国内移籍はありうるのか?私は充分『ある』と睨んでいる。

上で書いたように、水島先生は山田をベイスターズに売り込もうとしただけでない。実はセ・リーグ各球団にも『ドカベン』キャラはひとりづつは配置されてはいるのだが、セ・リーグ球団がそれらキャラの割り当てをありがたく思い、キャラクターグッズを作って崇め奉っているという話を私は聞かない。阪神の武蔵グッズとか、巨人の微笑ピンバッジとか、広島の犬神弁当があるという話も聞いたことがない。

ならば・・・

そう、私が最も憂慮し、かつ現実的に可能性が一番高いと思っている事態、それは『山田世代のパ・リーグへの大量移籍』という超ファンタスティックな結末なのである。
『総裁』の【改革】に心動かされた山田は、早々とFA残留を宣言。それを聞きつけたライバル達は、『山田と戦いたい』を合言葉に続々とパ・リーグに移籍を発表する。
現実世界ではスター選手を次々と失い、存続さえ危ぶまれるパ・リーグを舞台に、水島漫画の中でだけは、超人的な選手達の熱い戦いが繰り広げられる。そのギャップを埋めるべく、ますますキャラクター人気に便乗せざるを得なくなる各球団・・・

最悪な事態とは何か。一気に物事が崩壊すること(倒産とか、打ち切りとか)を最悪とは呼ばない。最悪とは、なすすべなく手をこまねいている当事者の目の前で、少しづつ、しかし不可逆的に物事が悪くなっていくことだと思う。

パ・リーグはなくならない。『ドカベン』は打ち切られない。

野球と漫画を愛するものにとって、この事態を【最悪】と呼ばずしてなんと呼ぼう。