国会図書館・国際子供図書館

関心空間』tomopolyさんのキーワードhttp://www.kanshin.com/index.php3?mode=keyword&id=280715で紹介されていた『占領期の子どもの本』展が見たかったので、ついでに回ってこようと地下鉄乗って、着いてみたものの、おや、どこで展示をやっているのやら。係員さんに「あの、子供の本の展示なのですが」「ああそれは上野ですね」。『国会図書館』と聞いて早合点、永田町に行ってしまったのだった。慌てて電車乗り継いで上野に駆けつけます。

さて展示ですが、アメリカ・メリーランド大学図書館所蔵の
第二次世界大戦後の占領期の最初の4年間(1945年〜49年)に、連合国最高司令官総司令部がおこなった検閲処分の実態を示す資料群であると同時に、この時期のすべての分野の刊行物をほとんど網羅
した、「プランゲ文庫」の児童書・子供新聞等が中心。

なによりこの手の海外コレクションの、保存状態の良さと圧倒的な物量にため息です。

展示は幾つかのコーナーに別れていて、前半は戦争末期から終戦直後の「こどものくらし」を描いた資料を中心に展示。軍国少年から一夜でアメリカに憧れる文化的な生活への転換。この次の「検閲と児童出版物」に見られるGHQによる思想統制の実態とあわせて見ることで、「国民文化」というものの成り立ちを、いろいろ考えさせられる、そんな展示です。

後半は、この時期に花開いた児童文学、絵本、漫画の数々。
漫画のコーナーには手塚治虫もありました。面白いなと思ったのは、今では手塚の専売特許と思われがちな「映画風のコマ割り」「科学の進歩に対する警鐘」などが、同時代の他の漫画にも見受けられると言う指摘でした。案外、手塚が生前語っていた『手塚風ヒューマニズムって言われるのはうんざり』という言葉には、こんな背景があったのかなと思わされました。

あと『ナンセンス漫画』は、どれも杉浦茂そっくり、とか。

もちろん、それらのなかで突出した才能だったのが手塚であり杉浦なのですが、『なにもないところに独り立っていた』人たちと言わんばかりの今日の評価はいかがなものかと、自分の不勉強を反省しつつ、思うわけです。

たとえば50年後の映画評論家が、『日本の90年代には北野武黒沢清しかいなかった』と言われれば、おいおい、富岡忠文や鹿島勤はどうしてくれるんだよ、とか、そんな感じ。

http://www.kodomo.go.jp/cal/tenji.html